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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)7205号 判決

①判決

原告

国鉄労働組合近畿地方本部

新幹線支部大阪保線所分会

右代表者執行委員長

森村敏孚

右訴訟代理人弁護士

井上二郎

中北龍太郎

黒田建一

水島昇

被告

日本国有鉄道清事業団

右代表者理事長

杉浦喬也

右訴訟代理人

北村輝雄

橋本公夫

福田一身

被告

森澤雅臣

被告両名訴訟代理人弁護士

天野実

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年八月二六日から各支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

原告の請求を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  旧日本国有鉄道(以下「国鉄」という)は、鉄道事業及びその付帯事業の経営等を行う公法人であったところ、昭和六二年四月一日被告日本国有鉄道清算事業団(以下「被告事業団」という)が日本国有鉄道改革法所定の債務を承継した。被告森澤雅臣(以下「被告森澤」という)は同六〇年一〇月二四日ないし同六一年七月七日当時、国鉄新幹線総局大阪保線所長であった。原告は、国鉄に勤務する従業員らをもって組織された国鉄労働組合(以下「国労」という)の下部組織で、国鉄新幹線総局大阪保線所に勤務する組合員をもって構成されており、独自の規約、意思決定ないし執行機関、代表者を有し、また独自に財政を運用している権利能力なき社団である。

2  原告は、被告森澤に対し、同六〇年一〇月二四日及び同年一一月六日別紙目録記載1ないし10の各事項について、同六一年七月七日同目録7、11ないし14の各事項について、それぞれ団体交渉を申し入れたが、被告森澤は原告は団体交渉の単位でない等の理由により拒否した。

3  原告は被告森澤の右団交拒否により、固有の団体交渉権を侵害され、金一〇〇万円相当の非財産的損害を被った。

4  よって、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき各自金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年八月二六日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告らの本案前の主張

原告は、旧来から権利能力なき社団であることに疑義があったが、国鉄がいわゆる分割民営化された昭和六二年四月一日以降において、その組織の変容により訴訟上の当事者能力を有しないことが明らかになった。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告が国労の下部組織で、国鉄新幹線総局大阪保線所に勤務する組合員をもって構成されており、独自の規約、意思決定ないし執行機関、代表者を有し、また独自に財政を運用していることは不知、原告が権利能力なき社団であることは否認し、その余は認める。

2  同2のうち、原告が被告森澤に対し昭和六〇年一一月六日に団体交渉の申入れをしたこと、同六一年七月七日同目録7及び11ないし14の各事項について団体交渉申入れをしたこと、被告森澤がこれを原告は団体交渉の単位でない等の理由により拒否をしたことは認め、同六〇年一一月六日の交渉事項については不知、その余は否認する。

3  同3は争う。

四  抗弁(協約による原告の団体交渉権の排除)

1  国鉄と原告の上部団体である国労は公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という)一一条に基づき「団体交渉に関する協約」を締結し、さらに、国鉄東海道新幹線総局総局長と国鉄労働組合新幹線協議会議長は「団体交渉の運用に関する協約」を締結し、中央、地域、地方、地区における団体交渉について定めているが、原告ら分会の団体交渉に関する協約協定は存在しない。

さらに、公労法九ないし一一条は国鉄等公共企業体と労働組合との団体交渉は交渉委員によって行うこと等を法定し、右各協約は交渉委員を中央、地域、地方、地区において指名することとし、大阪保線所の如き現業機関の交渉委員について定めはない。原告の主張が正当であるとすれば、国鉄は、全国数千の現業機関で団体交渉を行うべく交渉委員を指名し、その名簿を相手方に提示しなければならないことになるが、交渉委員の数、任期等に関する協約はなく、現業機関における交渉委員を指名したことはない。

2  右各協約は単に団体交渉を行う場所を決めたものではなく、団体交渉の当事者について合意したものである。即ち、労使双方は現業機関と分会を団体交渉の当事者から除外して右各協約を締結したのであり、国労は分会・班で交渉できる問題もすべて本部・支部で行う団体交渉で解決することにしたのである。したがって、原告が団体交渉を求めうる地位にないことは明らかであり、被告森澤が団体交渉を申入れを拒否しても何ら違法不当ではない。

五  抗弁に対する認否及び主張

1  抗弁1は明らかに争わない。

2  同2は争う。

3  労働組合の団体交渉権は、協約等により創設されるものではなく、当該組織の名称が支部であれ分会であれ、独自の規約と意思決定機関をもつなど労働組合法二条の要件を充たしていれば、憲法二八条により当然に保障されているというべきである。国労の地方本部、支部、分会は、それぞれ独自の規約・意思決定機関・執行機関のもとに活動を展開しているのであるから、それぞれ団体交渉権が保障されているのであり、「国鉄労働組合規約」は、原告ら分会を職能職場の団体交渉権の単位としているのである。そして、いかなる下部組織を団体交渉の単位とするかは労働組合の自主的選択に委ねられ、使用者は溶喙できない。したがって、国労が分会の団体交渉権を排除することを明記した労働協約を締結していない以上、分会が団体交渉権を有していることは明白である。

前記「団体交渉に関する協約」「団体交渉の運用に関する協約」は上部機関が団体交渉を行う場合の担当部署、交渉委員の数等団体交渉の手続きを定めたものにすぎないのであるから、右各協約に分会のことが言及されていないことをもって、分会の団体交渉権を排除しているとはいえない。また、公労法九ないし一一条は団体交渉の手続きを規定しているにすぎず、交渉委員の指名等の有無が当該労働組合の団体交渉権の有無を決することにはならないというべきである。したがって、被告らの抗弁は失当である。

六  再抗弁(慣行による原告の団体交渉権の確立)

原告は、前記各協約のもとにおいても、以下述べるとおり、大阪保線所長との間で団体交渉の実績を長年に渡り積み重ねてきたのであるから、慣行によっても原告の団体交渉権が確立されている。

原告は昭和四〇年ころから国鉄大阪保線所当局との間で月一度定例的に、必要があれば臨時的に、作業計画、労働安全衛生問題、労働時間、休日、昇格、定期昇給等につき協議(名称はなかった)をしていた。かかる状況下で国労本部と国鉄は、同四三年四月一日「現場協議に関する協約」を締結し、これに基づき原告ら国労の各分会はこれに対応する当局と「現場協議制」の名のもとに団体交渉を実施してきた。

原告も、大阪保線所長との間で、定例で最低月二回、交渉時間は午前一〇時から午後四時ないし六時まで、交渉人員は原告側七人保線所側六人の形態で団体交渉を行い、特に同四八、四九年ころ塵肺協定を締結する等、従前以上の労働条件の改善をみた。また、原告は三六条協定の当事者にもなっている。以上のとおり、原告は同四〇年ころから名称の有無、如何を問わず、現場における団体交渉の実績を積み重ね、団交当事者として行動してきた。

七  再抗弁に対する認否

1  争う。

2  三六条協定について、国鉄では昭和四一年労使双方の公労委仲裁委員会の斡旋案受諾以来、東京鉄道管理局と東京地本が労働協約たる三六条基本協定を締結し、現場で事業場協定たる三六条協定を結ぶという二段階方式が実施されてきた。このことは、原告ら分会は地本に対し従属的地位にある一内部組織に止まり、労働組合としての当事者性ないし独立性を有しないということを示している。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告の訴訟上の当事者能力について

〈証拠〉によれば、原告は、昭和三九年八月国鉄新幹線総局大阪保線所に勤務する国労組合員によって国労の下部組織として結成され、国鉄が分割民営化された同六二年四月一日以降も正式名称の一部が変更し構成員の一部が変動したものの、同一の組織として現在も存在し、その組織、機関、会計、構成員の権利義務等を定めた規約(甲第一号証)を持ち、分会大会、分会委員会、分会執行委員会、分会執行委員長の名称の意思決定機関、執行機関を具備していること、分会大会では多数決の原則が行われ、その財産は分会員の個人財産及び上部機関の財産から分離されて運営管理されていることが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、原告は権利能力なき社団として訴訟上も当事者能力を有すると認めることができる。

二原告の本訴請求について

1  請求原因1の事実のうち、国鉄と被告事業団の関係、推移、被告森澤が昭和六〇年一〇月二四日ないし同六一年七月七日当時、国鉄新幹線総局大阪保線所長であったことは当事者間に争いがなく、その余の事実は一項で認定したとおりである。さらに同2の事実のうち、原告が被告森澤に対し同六〇年一一月六日及び同六一年七月七日は別紙目録7及び11ないし14の各事項について、各団体交渉の申入れをしたこと、被告森澤がこれを拒否をしたことは当事者間に争いがなく、その余の事実は〈証拠〉により認められる。

2  抗弁(協約による原告の団体交渉権の排除)につき検討する。

抗弁1の事実は原告が明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。右事実に〈証拠〉を総合すれば、原告は国労の下部組織であり、その上部組織は順次大阪新幹線支部、新幹線協議会、各地方本部、国労本部であること、原告は分会員の除名処分ができず、また、分会員から徴収した組合費を一旦上部団体に上納し、交付金として下付を受けていること、国鉄と国労の間では従来から公労法一一条に基づき「団体交渉に関する協約」(乙第一号証)が締結されており、その第1条は「団体交渉は、中央、地域、地方及び地区において行う」第2条は「中央における団体交渉は、本社において行う」第3条は「地域における団体交渉は、北海道、九州及び新幹線の各総局において行う」第4条は「地方における団体交渉は、本社、本社付属機関、総局、本社直轄及び総局の地方機関、鉄道管理局の地方機関並びに新幹線総局の総合車両部において行う」第5条は「地区における団体交渉は、総局本局、首都圏本部、総合指令本部、鉄道管理局本局、第一種鉄道学園、鉄道病院及び工事局工事センターにおいて行う」と規定し、第6ないし第9条はそれぞれの団体交渉を行う交渉委員の数、任期等を規定していること、さらに、国鉄東海道新幹線総局総局長と国鉄労働組合新幹線協議会議長との間で「団体交渉の運用に関する協約」(乙第三号証)が締結されており、その第1条は「地域における団体交渉は総局と国鉄労働組合新幹線協議会(以下「協議会」という)及び浜松工場支部を含めた組織との間において行う」第2条は「地方における団体交渉は、総局と協議会及び浜松工場と浜松工場支部との間において行う」第3条は「地区における団体交渉は、総局と東海道新幹線支部との間で行う」と規定し、第4条は地域、地方、地区における団体交渉の交渉委員の数を規定していること、しかしながら、右協約は原告ら分会とそれに対応する現業機関との団体交渉に関する条項は置いていないこと、他方、国労中央執行委員長は昭和四二年一〇月二七日国鉄総裁に対し前記「団体交渉に関する協約」の改訂案(乙第四号証)を示し、前記第1条を「団体交渉は、中央、地域、地方、地区及び現場において行う」と改訂し、さらに第6条として「現場における団体交渉は、現業機関と対応する分会との間において行う」という条項を置くことを提案したこと、以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

ところで、公労法九、一〇条は、公共企業体における団体交渉は専ら労使を代表する交渉委員によって行われるべき旨規定し、さらに同法一一条は交渉委員の数、任期その他団体交渉の手続きに関し必要な事項は団体交渉で定める旨規定している。

そうすると、同法の右規定及び原告の上部団体たる国労と国鉄の間の前記各協定が、中央、地方等における団体交渉の当事者、交渉委員等に関する条項を置きながら、原告ら分会と現業機関との団体交渉について何らの条項を置いていないこと等に徴すれば、右各協約は原告ら分会を団体交渉の当事者とはしない趣旨であると解するのが相当である。

もっとも、〈証拠〉によれば、国労は原告ら分会を団体交渉の単位としていることが認められるが、このことは、一方当事者の意思にすぎず、国鉄との関係においては右各協約が優先されるべきであるから、右説示を覆すに足りない。また、かかる協約は、原告ら分会員の職場に関する事項の団体交渉を全く排除しているわけではないから、右各協約が憲法二八条に抵触しないことは、いうまでもない。

そして前記認定のとおり、原告は、独自の規約を有する等労働組合の実質を備えているが、組合員の処分、財政等においてその上部組織の意思決定に従属しているのであるから、右各協約に拘束されるというべきである。してみれば、原告の団体交渉申入れに対し、これに対応する国鉄の現業機関が、前記各協約の存在を理由にこれを拒否しても、慣行により原告とこれに対応する現業機関の間の団体交渉権が確立しているという特段の事情がない限り、何ら不法行為に該らない。

したがって、抗弁は理由がある。

3  そこで再抗弁(慣行による原告の団体交渉権の確立)につき検討する。

〈証拠〉を総合すれば、原告が結成された翌年の昭和四〇年ころから原告と大阪保線所長との間で双方四ないし五名程度で月一回定例として労働安全衛生、作業計画等につき協議が行われていたが、右協議の名称は特になかったこと、国鉄と国労は同四三年四月一日現場における諸問題を迅速且つ実情に則した解決を図ることを目的として「現場協議に関する協約」を公共企業体等労働委員会(以下「公労委」という)の勧告を受けて締結したこと、それ以降右協約に基づいて「現場協議に関する運用についての協約」、「同運用細目に関する協定」が締結され、原告は大阪保線所長との間で「現場協議」として原告側七名当局側六名程度で、少なくとも月二回、交渉時間は午前一〇時から午後四ないし六時ころまで、労働安全衛生、作業計画等につき交渉し、同四八、九年ころ発塵作業における労働時間の短縮、作業量の軽減、散水行為等に関する「塵肺協定」を締結したこと、原告と大阪保線所長間の三六条協定は国鉄新幹線総局と国労新幹線協議会の間で締結された基本協定に拠っているものであること、同五七年ころ国鉄における職場規律の乱れが社会的な批判を受けたこと、同五八年初旬前記「現場協議に関する協約」は失効し、その後同趣旨の協約は締結されていないこと、国鉄は、同五七年一一月ころ右「現場協議」が現場闘争の手段に用いられている等の認識のもとに各現場長に対し「現場交渉等の申入れがあっても一切応じてはならない」旨指導したこと、これにより原告と大阪保線所長との間の現場交渉は同五八年四月以降一切行われなくなったこと、以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、同四〇年ころから同五七年ころまでの間継続して原告と大阪保線所長は名称はともかく原告の分会員の労働条件等に関する交渉をしていたことが認められる。しかしながら、右交渉は同四三年以降公労委勧告によって締結された「現場協議に関する協約」に基づいて行われていたところ、右協約は同五八年に失効し、その後締結されず、さらに、2で認定したとおり、国労中央執行委員長は同四二年一〇月二七日国鉄総裁に対し現場における団体交渉を認めることを内容とする前記「団体交渉に関する協約」の改訂案を提案したが妥結に至っていないこと等の事情に照らせば、労使双方は「現場協議に関する協約」における現場協議と団体交渉は別概念であると認識して、右協約を締結し、運用していたというべきである。そうすると、右現場交渉が行われていた事実をもって、原告の大阪保線所長に対する団体交渉権が慣行により確立したと認めることはできない。なお、原告代表者は右現場協議を団体交渉の認識で行っていたと供述するが、前記認定事実に対比して直ちに信用できない。

したがって、再抗弁は理由がない。

三結論

以上の説示によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官蒲原範明 裁判官市村弘 裁判官鹿島久義)

別紙目録

1 勤務時間内の労金・共済事務時間の確保について

2 着替えに要した時間の賃金支払いについて

3 個名返事の強要について

4 体操の強要とこれに関連して行われた「旧国鉄に残す」という不当労働行為的発言について

5 一二時四五分から一三時までの休憩に対する賃金カットについて

6 規定外の安全帽・安全靴の着用強制について

7 ワッペン着用に対する処分撤回について

8 粉塵作業現場における散水の継続等の遵守について

9 食事に必要な事業用車両の使用について

10 管理職による戸籍謄本の不正取得、組合ステッカー等の持ち去り等の人権侵害について

11 昇給における差別の撤廃について

12 人事の抜てきの基準明示について

13 夏期手当未払分の支払いについて

14  「人材活用センター」への配転の基準、期間等の明示について

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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